電子書籍「藤井太洋インタビュウ」を補完して
前回のエントリはソーシャル上で紹介していただいたこともあり、すくすくとアクセス数が伸びており嬉しい限りです。また、電子書籍の方もまだβ扱いながらも購入して読んでいただいている方もいらっしゃり、改めて電子書籍というマーケットを氷川自身も意識するようになりました。
さて、今回はこの本の補完パートについてと、β版解除までのスケジュールが変更になりましたのでそのお知らせと併せたエントリーです。未読の方は現在セール中でほぼ半額の250円で販売しておりますので、これを機にダウンロード購入していただけると嬉しい限りです。
ミッシング・エントリー
第1章「電子書籍というスタイル」の前半で氷川の台詞の中に、
今の電子出版って、どうしても目がいっているのが「コストが安い」とか、あとは少数で部数的に5,000(部)とか捌けないような本が売れるとか、そういうメリットばかりが表に出ているじゃないですか。まあ、そういう視点で見るのがわかりやすいから、というのがあるんでしょうけど、でもそれだけだと、前に計算をGoogle+に載せましたけど、ああいう結果になっちゃうので「全然儲かんないよね」で終わっちゃうので。
というくだりがあり、注釈でざっくりと概略を補完していますが、肝心のエントリーにリンクされていないという問題があります。
オリジナルのエントリーは、IAMASの赤松先生やGoogleの及川さんなどと電子書籍に関する意見交換するために作成しました。当時も藤井さんもコメントしたいただいた経緯もあり、本書の中にも引き合いにでてきたものです。
空気感を伝えるためにもそのままリンクしようかと思ったのですが、元データが2010年の12月に計算を行ったもので、Tier Tableも改定前のものだったりと数字的な部分もちょっと古めかしいエントリーで、現時点でイメージが掴みづらいと考えました。
そこで、改めてこちらに情報をもう少し改訂したものを載せる形でフォローします(本書の注釈も次回のアップデートで対応する予定です)。
ビジネスとして電子出版を考えてみよう
まず前提条件としてこれは「ビジネス試算」です。従来よりも利益が下がるようでは継続的な成長が見込めませんし、そもそも「紙より儲からない」のであれば手を出さないのは道理です。そこで、ここでは一般的な書籍の売り上げと同額の利益を出す前提で計算を行います。
まず、紙の売り上げから確保しなければいけない最低金額を計算します。
売価1,000円の書籍を10,000部発行 = 返本なしと仮定して 10,000,000円
一般的な書籍であればこれくらいの売り上げがターゲットとなります。ここから利益を計算していきましょう。
書店の粗利が20% = 2,000,000円 取次の粗利が10% = 1,000,000円 10,000,000円の売り上げからこれらを引くと 7,000,000円
これがいわゆる「卸値/仕切り」と呼ばれるものを控除した版元の売上額になります。
印刷コストが60% = 4,200,000円。 7,000,000円からこれを引くと2,800,000円。
営業利益として28%が残りました。ここからデザイナーの制作費や著者への印税、編集部員の人件費、広告費、そして会社の粗利を出す必要があります。この部分に関しては電子化してもまず抜けない部分として考えておいた方が良いでしょう。
本書で藤井さんも指摘していますが、広告費用は電子書籍の世界になっても抜けない費用のひとつです。むしろ膨大なリストの中にある1冊を目立たせるためにはAdWordsなり、リスティングなりの投資とメンテナンスなしに売り上げは成り立ちません。
デザインに関しても同様で「紙より劣る」デザインを誰が読みたいと思うのでしょうか。私たちは日々、高品位で読みやすい組版をおこなった本を読むことに慣れています。不便な思いをして電子書籍を読むなら類書を紙で探すでしょう。書籍は毎年8万点の新刊が出ているのを忘れてはいけません。
この280万円の営業利益を電子書籍のみで出すことを考えてみます。iBookstoreの場合、Appleが売り上げの30%取るので、400万円が目標ラインとなります。このとき価格はいくらで、何冊売れば同じ利益を出せるのか試算してみましょう。
売価85円(Tier 1)で47,059冊以上 売価170円(Tier 2)で23,530冊以上 売価250円(Tier 3)で16,000冊以上 売価350円(Tier 4)で11,429冊以上 売価400円(Tier 5)で8,889冊以上 売価500円(Tier 6)で8,000冊以上 売価600円(Tier 7)で6,667冊以上 売価700円(Tier 8)で5,715冊以上 売価800円(Tier 9)で5,000冊以上 売価850円(Tier 10)で4,445冊以上 売価900円(Tier 11)で4,445冊以上 売価1,000円(Tier 12)で4,000冊以上
著者のみなさんの「売りたい冊数」と読者の皆さんの「電子書籍として買いたい価格」でビジネス的に折り合いのつくところはこのリストから見つけられるでしょうか。
電子書籍エディションのみで発行した場合、紙で出した時の約半分以下しか売れないそうです。こういった部分でも既存の「書店」というインフラの強さを実感せざるを得ないのもまた事実です。
紙の書籍のときに売価1,000円で10,000部しか刷らない(=売れないと想定)されているものにどれくらいの値付けが適切なのか、実に悩ましい計算だと思います。「お金を稼ぐ」というのは本当に大変なことですね。
この手の仕事をされている方で、もうちょっと詳しい計算が出来るデータをお持ちの方はより生っぽく厳しい数字が見えてくるはずです(2012年の売り上げが、どれくらい厳しかったはオリコンの集計データ記事などを参考にしていただくと、寒気がして大変おすすめです)。
反響はそれなりに大きかった
最初に試算を行なったのが、電子書籍黎明期もいいところの2010年12月。そしてGoogle+への転載をしたのが2011年の9月。ちょうど少しずつ電子書籍に「夢や希望」を抱く人たちが増えてきた時期でもあり、この試算への評価は真っ二つに分かれました。
見えないコストに関して気付かされた、という意見や「新しい中抜きを考えないといけない」という視点を持ってコメントしてくる方は実務で書籍を作っている方が多く、「それでも安く作れることはいいことだ」みたいな意見をいただく方は、新規に書籍というビジネスに参入を考えている方が多い印象にあります。
この両者の視点の違いにあるのは「出版業界での実務経験」だと感じています。試算の通り、出版ビジネスの利益ベースもそう高いものではありません。加えて出版不況は続いており、ミリオンセラーの出ない状況や、発行点数だけが増えていくことによる類書への分散など、マーケットは厳しい状況です(本書の後半でもこの部分に関して藤井さんが詳しく言及しています)。
今回お世話になっている達人出版会の高橋征義さんにも、エントリーに対してご意見をいただきましたが、ビジネスモデルとしての電子書籍マーケットはこれからも試行錯誤を繰り返しながら、今は先行者として経験を積みながら来るべき電子書籍への完全移行へとリードしていくしか無いと思います。
従来「自費出版」のように「そもそも赤字前提」のようなものはコスト削減のメリットを大きく受けるため電子化は有利です。が、(生活するための)ビジネスとしてはまだまだ市場は厳しいと思いますし、高橋さんも「版元が利益を出せないモデルはビジネスではない」と指摘されています。
たぶんそんなにひとりでやることないですから。マジで。
↑は藤井さんのお言葉を本書から引用しました。まったくもってその通りでわれわれ地球人が、藤井太洋というスーパーサイヤ人にひとりで勝てるわけではないので、おとなしく束になってかかったほうが得策だと思います。
本を作る、という行為はたくさんのプロセスが必要になります。ただ文章を書けば良いだけでなく、読みやすいデザイン、多くの人に手に取ってもらうための宣伝など、さまざまな知識や技能を必要としますし、同時に作業時間も必要とします。そういった意味でもクリエイティブな部分のコストは何ひとつ変わっていないんだと実感しています。
「すでに紙で出版されていたものを8割以上コストを流用する」ことが可能なコンテンツであれば、紙のビジネスと平行して進めるメリットは充分にあると思います(それぞれに機能的な差別化は合った方が良いと思いますが)。もしくはGene Mapperのように「紙の書籍」の世界に逆輸入をしていくケースもいくつか出てきています。
また、電子書籍には売価の6割を占める紙のコストがないので、物理的なコストとしてはハードルが下がっているのは間違いありません。また、ITによる自動化を導入することで制作のコスト圧縮も進めて行くことが可能です。
本書を出版する際に利用しているReVIEWというフレームワークは、マルチファイルへの書き出しを支援してくれるなど、作業コストを圧縮する手法として有効なものは増えつつあります。他にも「β版からの購入支援」など読者側からの歩み寄りなど、の新しいコミュニティモデルも模索が始まっています。
とはいえ制作に携わる人間の生活を支えるためにも、リリース時にある程度の報酬が用意できる環境がないのは、ビジネスとして不健全と言えるでしょう。プロの作家を育てる意味でも、ここは無視できない条件です。
そういったものを今後も支えていくのが出版社であり、編集者と呼ばれる方達の存在です。コンテンツの品質を保ちながら、販売された書籍の広告を打ち、時には新しいマーケットを開拓する。従来からある彼らのチカラなくして出版の未来はないと思いますし、事実、マーケットが先行するアメリカではすでにそのビジネスモデルが確立されつつあります。
【予告】ミッシング・ストーリーを補完します
アメリカにおける出版業界の動きや、先進的な事例を藤井さんからいくつか紹介していただいたのですが、現時点でのβ版では掲載されていません。これはソースがかなり曖昧なこともあり、藤井さんと相談の上カットしたという事情があります。
個人的には(多少の誤りがあっても)非常に興味深い話ですし、より高度なコンテンツを構成するためのヒントになると思い、できれば個人で調査を行い補完した形でアップデートをしようと計画していましたが、確認のやりとりの最中になんと、藤井さんから嬉しいご提案が!!
インタビュー、もう一回やって完成させるのはどうかしら。
本当ですか!!
ということで誤植訂正と若干の加筆、各章に数点ずつ図版を入れて1.0としてリリースする予定だった本書「藤井太洋インタビュウ ― Gene Mapperの舞台裏」ですが、現在収録中のものを前編、そして約1年経とうとしている現在の藤井さんへのインタビューを後編として組み合わせた、大幅増補を実施して1.0版としてリリースすることになりました。
氷川本人にとってもびっくりな展開ですが、インタビュー収録後(6月上旬を予定しています)なるべく早く、そしてどこよりも濃い「Gene Mapperの副読本」として、「電子書籍の教科書」として読んでいただける本に仕上げていきたいとも思いますので、よろしくお願いいたします。